
空は柔らかな曇り色。けれど、時折その隙間から覗く青い色が、春の訪れを祝福しているようだった。
今日は久しぶりに母の手を引き、近所の関宿城公園まで散歩に出かけた。
公園に到着すると、頬を撫でる風が驚くほど心地いい。
桜は満開の一歩手前。あと数ミリで弾けそうな蕾を抱えながら、木々は誇らしげに枝を広げている。
桜祭り直前の平日。現役世代の家族連れから、楽しそうに語らうお年寄りの団体まで、
そこには春を待ちわびた人々の喧騒と喜びが満ちていた。
ふと気づくと、桜の花たちは少しうつむき加減に、こちらを向いて咲いてくれている。
まるで見守る私たち一人ひとりと、目を合わせようとしてくれているみたいに。
「ここ、綺麗だよ。ちょっと座ってみて」
一番写真映えしそうな場所を見つけ、母を座らせる。
「モデルさんみたいだね」 そんな冗談を言いながら、シャッターを何度も切った。
レンズ越しに見る母は、驚くほどいい表情をしていた。
その微笑みを見つめているとき、ふと、自宅の額縁の中で優しく笑っている父の姿が重なった。
もしかしたら、この写真がいつか……。
そんな考えが頭をよぎる。不謹慎かもしれないけれど、介護という日々を共にする私にとって、それは逃れられない、けれど愛おしい未来の予感でもある。
父がそうだったように、母もまた、いつかはこの写真の中で微笑み続ける存在になるのかもしれない。
そう思うと、シャッターを切る指先に力がこもる。
今、この光、この風、この母の温もりを、記憶の奥深くに焼き付けておきたかった。
「綺麗だね」と呟く母の手を、もう一度しっかりと握る。 一歩、また一歩。
ゆっくりとした歩みの中に、父が愛した笑顔と、母が笑う今と、そして私が紡いでいく明日が、桜の花びらのように静かに重なっていく。
関宿城の空の下、私たちは今、「春」の中にいた。